RYOSAKASANTO

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【書評】最上位の目的を決めろ!「学校の「当たり前」をやめた。」


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今回は「学校の「当たり前」をやめた。」(著・工藤勇一)についてです。

著者の工藤勇一氏は、千代田区麹町中学校の現役の校長先生。わたしも実は何度かお話をさせて頂いたことがあります。

わたしは仕事柄、年間のべ300人近くの先生方にお会いするんですが、人間的にも教育者としても尊敬し、大好きな先生が何人かいます。その中のお一人がこの工藤勇一先生です。

ちょっと前置きが長くなっちゃいますが、本書では書かれていない工藤校長のエピソードで、わたしが大好きなものを1つご紹介します。

学校が何か取り組みをすると研究発表を行います。そこには教育長や教育委員会、過去にその学校の校長をされた方など数々の来賓が来られます。

普通、研究発表の冒頭はこの来賓紹介と挨拶で10分近く使うんです。出席者としては退屈で眠たい無駄な時間ですが、行政の縦割りと忖度の社会ではこの儀式的儀礼的な時間を大事にするわけです。

麹町中の研究発表ではどうだったのか、というと…

A4  1枚を配布して来賓紹介終了!!!

カッコよすぎやろ! 

さて、本書では工藤校長の取り組みである「服装頭髪指導を出さない」「宿題を出さない」「中間・期末テストの全廃」「固定担任制の廃止」などの驚きの施策についてどのような目的があり、どう実現していったかが書かれています。

「千代田区の麹町中だから出来たんでしょ!」と批判するのはとっても簡単ですし、残念ながら、そういう学校関係者が多いのも知っています。

でも、そんなの保護者からすると知ったこっちゃないんですよね。読むと麹町中に子どもを通わせたくなってしまいますよ。

本書の内容

麹町中では本当に多くの改革が行われています。本書の中では赴任してから小さなものまで含めると200以上のチェックリストを作って改善したそうです。

前述のように「宿題を出さない」「中間・期末テストの全廃」というやめることだけではなく、新たな教育にも取り組んでいます。

例えば、ノートの取り方・手帳の使い方について指導をしています。こちらについては以前、記事にしました。 

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修学旅行もただの京都観光で終わらすのではなく、取材旅行と位置付けています。生徒たちがツアープランを旅行会社にプレゼンするという目的を持ち、旅行後は実際にプレゼンをします。

工藤校長が本書で度々触れるのは、学校教育の目的とは何かということです。

工藤校長は、学校教育の目的について以下のように書かれています。

学校が人が「社会の中でよりよく生きていける」ようになるために学ぶ場所です。そしてその結果として、学校で学んだ子どもたちが将来、「より良い社会をつくる」ことにつながっていくと考えます。

(引用)「学校の「当たり前」をやめた。」(工藤勇一) p.65より

学校教育は「社会の中でよりよく生きていける」ことが目的であり、社会で求めらている力が変わればそれに合わせて手段(教育)は変わっていく、ということなんです。

わたしがこれに関して象徴的だと思う本書のエピソードは、工藤校長が校長先生という立場にも関わらず生徒から相談された時にキッパリと「学校に来たくなかったら来なくて良い」とアドバイスをするところです。

この発言は、常に学校教育とは何かという目的を自問自答し、同時に、生徒を一人の人間として尊重していないと出てこない言葉だと思います。

対立が前提

工藤校長の文章に一貫して流れている考えは、人はそれぞれ違うというものです。

人はそれぞれ違うのだから考えも違って当然。その違いを認め、生きていく中でどう折り合いをつけていくかが大事。決して他人のために我慢するだけが正解ではないし、多数決の結果を押し付けるだけが正解でもないという考えです。

これも学校教育の目的を「社会に出てから」に照準を合わせているからこそ。

だから対立を悪いことでなく、対立を前提としてどう解決するかを生徒の学ぶ機会として位置付けています。

よくある工藤校長への批判

よくある批判は「千代田区の麹町中だからできたんでしょ」というもの。また「麹町中はコミュニティスクールだから」みたいな言説も聞いたことがあります。

確かに改革のうわべだけ、結果だけを真似しようと思うと難しい部分も多いでしょう。

わたしは、千代田区だから出来た部分とそうでない部分はキッチリわけて考えるべきだと思います。

例えば「コミュニティスクールだから」みたいな意見は、違うと思います。コミュニティスクールの都内の割合(平成30年)は、20.3%です。

(参考)東京都公立学校数、学校選択制の実施状況及びコミュニティ・スクールの設置状況について|東京都教育委員会ホームページ

「コミュニティスクールだから」と言う人は、この20%の学校でも様々な改革が出来ていると思いますか? 

きっとこういう人は次に「いやいや、千代田区だもん」と言うでしょう。

コミュニティスクールは、千代田区以外にも新宿区、文京区、世田谷区、渋谷区、杉並区などにもありますよ。文京区なんて教育予算も豊富ですし、保護者・生徒も落ち着いた方が多い地域ですよ。

千代田区だからコミュニティスクールだから出来るというのは安易だということがわかると思います。

一方で、ICTの導入や講師派遣の予算などは「千代田区だから出来た」という要素があるでしょう。

このように真似できることと出来ないことはキッチリ分析すべきです。

工藤校長が本書で書いた「取り組みの結果」だけをどこか別の学校に移植しようとすると色々なハードルが邪魔をして、困難だと思います。

それは校内環境なのかもしれませんし、地域かもしれませんし、予算かもしれません。

わたしが思うのは、工藤校長だったら「低予算の地区」「問題の多い学校」だとしても「その学校なり」の改革をしていたと思うんですよね。

麹町中の改革の結果だけを真似するのではなく、「学校教育の目的と手段を混同していないか」という問いを立て、動き続ける姿勢の方を真似すべきだと思います。

もし盲目的に麹町中の取り組みを採用としようとすれば、それこそ手段と目的が逆転していると言えるでしょう。

まとめ

では、今回も最後に「メモの魔力」的思考法で締めたいと思います。といっても本書の中でだいぶ語られているので、形だけになりますが。

・ファクト…公立中学校を大改革した。

・抽象化…目的と手段を混同しない。最上位の目的を設定して、そこから解決のプロセスを考える。

・転用…ブログを書くこと・更新することの目的と手段を混同しない。ブログを書く目的をキッチリ決めて書く。

では、また。

メモの魔力についてはこちらをどうぞ。 

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