どうも、りょうさかさんです。
「教育論の新常識-格差・学力・政策・未来」(松岡亮二 編著/中央公論新社)についてです。
「新常識」の名に相応しく昨今の教育話題を広範囲に解説してくれる書籍になっています。
「教育論の新常識」とは
「教育論の新常識」は、22人の識者がそれぞれの専門分野について昨今の状況、問題点を解説します。
全4部構成で以下のような構成になっています。
- 第1部 格差:教育格差
- 第2部 学力:「学力」と大学入試改革
- 第3部 政策:教育政策は「凡庸な思いつき」でできている
- 第4部 未来:少しでも明るい未来にするために
各部ごとに5つの論評があり、合計20の教育テーマについて扱っています。
20の教育テーマは以下の通り。
- 社会経済的地位
- 子どもの貧困
- デジタル化
- ジェンダー
- 国籍・日本語教育
- 国語教育
- 英語入試改革
- 英語教育
- 共通テスト
- 大学教育
- EdTech
- 九月入学論
- 学費
- 教員の働き方
- 教員免許更新制度改革
- 審議会
- EBPM(エビデンスに基づく政策立案)
- 全国学力テスト
- 埼玉県学力調査
- 教育DX
Amazonのレビューでは「議論が浅い」という指摘もありますが、これは仕方ないと思います。
総ページ数は364ページですから、一つのテーマにつき20ページ以下の分量しかありません。
むしろ20ページ以下に抑えることで読みやすく、かつ、幅広く抑えることで「新常識」として広く扱うためでしょう。
そのため以下のような2つの読み方に向いた書籍です。
- 教育の現状をさらっと知るため
- 探究活動などの学習の入口の一つとして
特に2番目の「探究活動などの学習の入口の一つとして」は、なんとなく「教育」に興味をもった生徒がこの本を読むことで「どのジャンルに絞るのか」に使うことが出来ます。
またジャンルを絞った後は、この本の該当箇所を書かれた研究者の本を読めば良いので「ジャンルを絞った時にさらに誰の本を読めば良いのか」の参考にすることもできます。
「教育論の新常識」の感想
わたしの本書の感想は「新常識」に相応しく、横断的に様々な話題を扱っているというものです。
現時点での教育課題の問題点をざっくり把握するのにこんな適した本はないと思います。
本書の醍醐味は、政治家、文部科学省、それに集められた教育のプロたちが、素人の思いつきレベルで改革をしている点を指摘し、教育を聖域にせず、政策の検証ができるようにと訴え続けている点です。
わたしは特に「論理国語」「英語教育」などについては改めて勉強になることが多く、「本当にグローバル化で英語使用量が増えているのか?」といった設問とその調査結果にはハッとさせられました。
一方で、本書が全て正しい、ともわたしは思いません。
それにはいくつか理由があります。
例えば、本書の構成が既に発表された雑誌記事、論稿などを基に編集されているがゆえに切り口にバイアスがかかっているように感じられるからというのが理由の1つです。
このバイアスが初出掲載元の雑誌媒体に左右されているのか、紙面のページ上の制約によるものなのか、そもそも各々の識者が持っているものなのかはわかりません。
ただバイアスを感じることによって文章の信ぴょう性に疑問を与えたり、偏ったフェアなものではない印象を与えてしまうのは、「新常識」とうたっているのに勿体無いと思うんですよね。
以下、そのバイアスと疑問について具体例を挙げて紹介します。
本書におけるバイアス
例えば、Society5.0についての記述です。
Society5.0については過去に記事にしているので詳しく知りたい方はどうぞ。
Society5.0について本書ではこのように書かれています。
だが、当然のことながら、Society5.0の到来によって、貧困や格差、差別や偏見、失業や非正規雇用といった社会的課題が自動的に解消したり解決されたりしない。
その意味で、いささか怪しげな概念である。
(引用)「教育論の新常識-格差・学力・政策・未来」(松岡亮二 編著/中央公論新社)p.185より
「怪しげな概念」という論者の主張がありますが、これは「レッテル張り」です。
というのも内閣府のWEBサイトを見るとSociety5.0についてこのように書かれています。
サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)
狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。
(引用)Society 5.0 - 科学技術政策 - 内閣府
あくまで目指すべき姿として書かれており、Society5.0になったからといって社会的課題がすべて自動的に解決するなどは書かれていないんですよね。
また本書ではSociety5.0は安倍内閣と財界の要請によるものだという主張があります。
これも本筋とは違うところにバイアスをかける言葉遣いだとわたしは感じました。
というのも、国家が戦略としようがしまいがSociety5.0と表現される方向に社会が進むのは避けられないと考えるからです。
そして、公教育が「社会に出る労働者の育成」という側面を持っているのはよく知られていることです。
目指す社会像が変われば、子どもが目指すべき資質能力も変わるのは当然でしょう。
もちろんその政策、手段が本当に適切かどうかは別問題ですし、本書で指摘するICTの活用や教育産業との連携が格差をもたらす可能性を危惧するのも理解できます。
ただ批判をし続けた上で最後の一文がこれです。
では、私たちはどちらを選ぶのか。どちらの道に子ども達の未来を託すのか。問われているのは、私たち自身の判断であろう。
(引用)「教育論の新常識-格差・学力・政策・未来」(松岡亮二 編著/中央公論新社)p.204より
一保護者として、軽い締め方だなと感じました。
保護者や現場教員への具体的な提案があれば、もっと良かったんですけどね。
とはいえ「教育論の新常識」は、本当に網羅的に教育課題を扱っています。
これだけの本はなかなかないので、興味のある方は是非読んでみてください。
それでは、また。