どうも、りょうさかさんです。
以前、絵本「かいじゅうたちのいるところ」について記事を書きました。
実はこの絵本には色々な仕掛けがあります。
前回の記事では、分量的に触れなかった部分や主旨と違うために触れなかった部分があります。
今回は、それらの点について紹介したいと思います。
前回の記事はコチラ⇒
「かいじゅうたちのいるところ」の2つのしかけ
「かいじゅうたちのいるところ」には2つのしかけがあります。
- 絵のサイズが徐々に大きくなり、また小さくなる
- 背景の月の描かれ方
この2点について説明していきますね。
絵のサイズが徐々に大きくなり、また小さくなる
「かいじゅうたちのいるところ」は、絵のサイズが徐々に大きくなり、また小さくなるように構成されています。
具体的にはイラストサイズはこんな風に大きくなっています。(手持ちの定規で測っているので誤差はご容赦ください)
- 1-2ページ目は、10.5cm×13.8cm=144.9㎠
- 3-4ページ目は、12.5cm×15.9cm=198.75㎠
- 5-6ぺージ目は、15.0cm×18.3cm=274.5㎠
- 7-8ページ目は、17.3cm×20.7cm=358.11㎠
- 9-10ページ目は、18.9cm×22.7cm=429.03㎠
- 11-12ページ目は、右ページ一枚の大きさ。
- 13-14ページ目は、右ページ1枚+左ページ4cm
- 15-16ページ目は、右ページ1枚+左ページ9cm
- 17-22ページは見開き絵になり、下段のスペースに文字が書かれます。
- 23-28ページは見開き絵になり、文字スペースがなくなります。
- 29-32ページは見開き絵になり、下段のスペースに文字が書かれます。
- 33-34ページは、右ページ1枚+左ページ6cm
- 35-36ページは、右ページ1枚
- 37ページは、イラストなし・文字のみ
このイラストサイズの変化が、読み手に大きなインパクトを与えるんですよね。
イラストが初めて右ページ1枚の大きさになる11-12ページは、部屋の形が消えて森や野原になる場面です。
逆に35-36ページは、自分の部屋に帰ってくる場面です。
イラストサイズが1枚を超えるかどうかが「かいじゅうたちのいる島」との境界、夢と現実のはざまだと読み解くこともできます。
背景の月の描かれ方
次に背景の月の描かれ方です。
6ページ目に描かれる月は、三日月です。
この月の形が8ページ、10ページと進めていくと三日月の太さが変化していきます。
この時、三日月には月が欠けて暗くなっている部分もうっすらと見えるように描かれています。
19-22ページ目も三日月が描かれています。
23-24ページ、33-34ページ、35-36ページは満月が描かれています。
ただこの3つのページの満月の描き方が全く違うんですね。
この一連の月の描き方は、何を意味しているのでしょうか?
考えられるのは、2点あります。
- 地球照
- 月食
「地球照」とは、三日月の欠けている部分が地球に照らされてうっすらと見える現象です。
(引用)地球照 - Wikipedia
ただ「地球照」では三日月の太さがページを進むと変化している点を説明できません。
そこで次に考えられるのは「月食」です。
(引用)月食 - Wikipedia
月食説を採用すると絵本後半23-24ページ、33-34ページ、35-36ページは満月の描き方が違うことも説明がつきます。
満月ではなく、「皆既月食」を描いていると解釈することができるからです。
仮に月食だとすると、月食の時間は、3時間40分。
絵本では既に月食が始まっているので、マックスが「かいじゅうたちのいる島」に行っていた時間は2~3時間であることがわかります。
「かいじゅうたちのいるところ」の2つのしかけのまとめ
- 「絵のサイズが徐々に大きくなり、また小さくなる」⇒イラストサイズが1枚を超えるかどうかが「かいじゅうたちのいる島」との境界、夢と現実のはざま
- 「背景の月の描かれ方」⇒月食だとするとマックスが「かいじゅうたちのいる島」に行っていた時間は2~3時間
この2点をまとめるとマックスが実際に「かいじゅうたちのいる島」に行っていた、というよりも眠っている間に見た夢だと考える方が素直だと思います。
もしくはマックスの乗った船が、時間と空間を超越できるタイムマシン的なものだと考えることもできます。
あなたは、どう考えますか?
絵本の読み聞かせの際は、ついつい文字ばかり追いかけがち。
こうやって絵にも注意を払ってみていくとさらに楽しむことができますよ!
それでは、また。
「かいじゅうたちのいるところ」は三島由紀夫さんらによって翻訳された昭和41年版もあるそうです。絶版ですが読んでみたい!!⇒
過去の「かいじゅたちのいるところ」に関する記事はこちら⇒