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【解説】「学力」を測る難しさ

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「学力」の定義について以前の記事で書きました。その時には「意欲その他」を測ることは難しいから「授業態度その他」で評価する、という主旨のことを書きました。

では、知識・技能を測ることはペーパーテストで容易なのでしょうか。実はここにも深い問題があります。 

英語の長文問題

例えば中学校の英語のテストを思い出してください。単語、発音記号、文法・語法の部分英作や穴埋めなどの問題があり、最後に長文問題があったと思います。当たり前のようにどこの学校のテストもこれに似たような形式ですよね。

実は先生の間でもこの「長文問題」を出題することに葛藤があるという方がいらっしゃいます。

不思議ですよね。

長文問題は一定の分量を限られた時間で読み、理解し、内容を把握する力も問われる総合的な問題です。内容理解に関しては日本語で書かれていても難しい場合さえあります。 

葛藤を感じる先生はどこに引っかかっているのでしょうか

教科書の内容を覚えるだけでいいのか

それは、この長文問題という出題形式時代が悪いのではなく、この長文問題が「教科書の本文を利用した長文問題」だから引っかかっているわけです。

先に示したように「学力」とは「知識・技能+自ら学び(中略)判断し問題解決する資質能力」のことでした。

そう考えると少し見えてきませんか? 教科書の長文問題って当然文章は教科書から引用されるわけです。

「訳」も「文法」も「長文の内容理解」も授業で学びましたよね。これを出題するのってただ単に授業をしっかり受けていたかを確認することになるんじゃないか。けれど「学力」を測ることが出来ているでしょうか。

英語力を測る方法なのか

また教科書の長文問題によって「英語力」を測ることが出来るのでしょうか。

「社会」をはじめとする暗記科目と呼ばれるものは教科書内容そのものを覚えることと知識・技能はほとんどイコールの教科だと思います。でも、国語、算数・数学、英語ってそうじゃないですよね。

算数・数学において、教科書と同じ問題は解けるけど数字が1つ変わったら解けなくなりました、というのは理解していないのと同じことです。

だから数学では教科書で習った問題をそのまま出しませんよね。数字を変更したり、文章問題にしたり出題する先生は工夫を凝らすわけです。

でも、英語だけは出してしまっている。英語ほど教科書の丸暗記の意味がない教科はないと思います。

だって文科省が目指す人材は英語で自分の気持ちを表明できる子どもを作ることですよね。会話にしろ、スピーチにしろ同じ会話は二度とありえないわけで、そういう意味でもおかしなことになっているわけです。

高校入学時の問題

じゃあ、似たような題材を探すなりして問題変えればええんじゃないの? と疑問が出てくるわけです。 

これが教員の葛藤の理由の一つだと思うんですが、それをするとおそらく「教科書本文の長文問題」と「オリジナル長文問題」では後者の「オリジナル」の方がテストの点が低くなるのは容易に想像できます。

別にいいんじゃね? 平均点が下がるだけで評価できるし。

いえいえ、中学校では「高校入試」があるわけで。

全校が右に倣えでテストを変更すれば良いでしょうが、バラバラのままにしてしまうと高校入学後に中学校で同じ評定でも学校毎に生徒の実力が大きく違うことになってしまいます。

そうなると高校の先生方はどう思うでしょうか。

おそらく英語力を測る試験などを再度行って、時間と労力が割かれるし、生徒も余計な時間を過ごすことになります。

そもそも「英語」という教科は「読む・聞く・書く・話す」という「4技能」が重要です。「4技能」というように「技能」を評価する教科で、実は「体育」や「技術」などに非常に近い側面を持っています。

その「技能」の評価って実は評価者によって差が出やすい教科なんです。 

そもそも学校間で評価がバラつきやすいのに、テストの形式を変えてしまうと他校とさらにバランスが取れなくなってしまう。これがテストを作る難しさなんだそうです。

今回は英語を元にご紹介しましたが、おそらく他教科でも似たような事情があるはずです。先生方が成績をつける難しさの一端を感じてもらえたのではないでしょうか。

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