どうも、りょうさかさんです。
「スマホより紙の方が『覚えやすい』」
そんな見出しのニュースが話題になりました。
GIGAスクール構想によって1人1台タブレット端末が導入されますが、電子機器は本当に有効なのでしょうか?
研究した酒井教授はこんなコメントを出しています。
チームの酒井邦嘉・東大教授(言語脳科学)は「教育現場で電子機器が多用されているが、紙媒体による学習の方が、記憶がより定着しやすいことが示された。脳で扱える情報が多くなることで、豊かな創造性にもつながるはずだ」と話す。
(引用)スマホより紙の方が「覚えやすい」…脳の記憶領域、血流が活発に(読売新聞オンライン) - Yahoo!ニュース
では、実際に論文を見て確かめてみましょう。
紙の手帳の脳科学的効用について
論文のタイトルは「紙の手帳の脳科学的効用について~使用するメディアによって記憶力や脳活動に差~」というものです。
研究したのは、酒井邦嘉教授(東京大学大学院総合文化研究科)と梅島奎立さん(同大学院生)。
また共同研究者として、株式会社日本能率協会マネジメントセンターと株式会社NTTデータ経営研究所が加わっています。
論文の結果からいうと以下の4点になります。
- 手帳は他よりも短時間で書くことができた。
- 内容の想起課題の正答率(全問の平均)は差がなかった。
- 一定の直接的な設問についての成績は手帳の方が高かった。
- fMRIによると手帳の方は脳活動が高かった。
全問の平均に差がなかったことから「スマホより紙の方が『覚えやすい』」という見出しは不正確です。
ただ、この論文内容を知った方の中には「やっぱり紙と鉛筆の方が良い」と思った方もいると思います。
一方で「『能率手帳』の『日本能率協会』が関わっているんだし、最初から手帳有利で実験してるんじゃないの?」と思った方もいるかもしれません。
その疑問は論文を読めば解決するんですが、わざわざ読むのが面倒くさい方のために、わたしが主旨を損なわない程度に簡略化してご紹介しますね。
◆概略はこちらから読むことができます⇒
「紙の手帳の脳科学的効用について~使用するメディアによって記憶力や脳活動に差~」(PDF)2021年3月19日
◆実際の論文はこちら読むことができます⇒
実験の内容
参加者:18〜29歳の大学生ボランティア 48名
参加者は、手帳、タブレット、スマホの3つのグループに分けられました。
参加者は、会話文を読みながらスケジュールの情報を手帳、タブレット、スマホのいずれかに書き留めました。
この際、内容を覚えるような指示はしていません。
使用したページは「月」のページのみです。
書き込み時間の時間設定は、なし。
書き終えた後に30秒間カレンダーを確認し、1時間後にMRIスキャナー内で予定について16の質問がされます。
イメージ図だとこんな感じですね。
(引用)紙の手帳の脳科学的効用について~使用するメディアによって記憶力や脳活動に差~
16の質問については、4択式です。
問題の内容は「複数の予定の関係を思い出す必要がある問題」や「日付から曜日に変換する問題」「類似または混乱する予定の問題」などです。
精度を上げるために以下の2点を調整しています。
- 手帳とタブレットの見開きの大きさは等しくし、どちらもペンを用いて手書き。
- 「慣れ」を考慮して、タブレット端末ユーザーはタブレットグループ、スマホと書いたユーザーはタブレットかスマホに割り当て。
実験の結果
実験の結果は前述の通り。
- 手帳は他よりも短時間で書くことができた。
- 内容の想起課題の正答率(全問の平均)は差がなかった。
- 一定の直接的な設問についての成績は手帳の方が高かった。
- fMRIによると手帳の方は脳活動が高かった。
気になるのは「手帳はタブレット、スマホより短時間で書くことができた」という点です。
論文ではこのように書かれています。
First, the duration of schedule recording was significantly shorter for the Note group than the Tablet and Phone groups
まず、スケジュールの記録期間は、タブレットや電話のグループよりもメモグループの方が大幅に短かった(Google翻訳)
「significantly shorter(大幅に短い)」とはどの程度、短いのでしょうか?
論文のグラフを見てみましょう。
平均値を見ると手帳は11分、タブレットは14分、スマホは16分くらいでしょうか。
ただタブレット、スマホでは遅い人が23分、25分と目立っています。
もちろん彼らを省いても手帳の方が短時間で記入を終えることができますが、「significantly shorter(大幅に短い)」とまでは言えなさそうな気がします。
学校環境に置きかえられるか不明
上記の点と「内容の想起課題の正答率(全問の平均)は差がなかった」ことと合わせて考えると、紙の手帳のメリットは「時間効率が若干良い」「脳活動が高かった」という点です。
では、例えば学校などで紙とタブレット、スマホのどちらを使うべきなのでしょうか?
というのも読売新聞はこの実験を「紙の教科書やノートを使った学習の効果を示す成果」と報道しているからです。
紙の手帳にスケジュールを書き留めると、タブレットを使う時よりも短時間で記憶でき、記憶を思い出す時には脳の活動が高まっていることがわかったとする論文を、東京大などの研究チームが発表した。紙の教科書やノートを使った学習の効果を示す成果という。19日、スイスの行動神経科学専門誌に掲載された。
(引用)紙の手帳に書き留めると短時間で記憶…電子機器使用と比較 : 科学・IT : ニュース : 読売新聞オンライン
わたしは、今回の実験結果がそのまま学校の授業に置きかえられるかというと疑問が残ります。
現時点ではなんとも言えないというのが正直な答えだと思うのですが、その理由は2つあります。
長期の記憶定着の差がわからない
まず、この実験は、あくまで1時間後の記憶の定着についてのものです。
学校の授業や入試に必要な記憶の定着は、6ヵ月、1年といった長いスパンでの記憶の定着が重要になります。
一夜漬けしたことがすぐ忘れてしまうように覚えたとしても、長く覚え続けることができなければ学習効率は下がってしまいます。
今回の実験では、1時間後の正答率自体に大きな差がありませんでした。
ぜひ、次回は1ヵ月後、3ヵ月後、6ヵ月後、1年後といった時系列毎の想起実験をしてもらいたいと思います。
学校での効果がわからない
2つ目は、今回の実験では学校との環境が違い過ぎる点です。
というのも今回の実験は「文章の中から日程を読み取ってメモる」というものだからです。
「文章の中から読み取る」行為と板書を写したり、先生や友達の気になった発言を記録するのは条件が大きく異なります。
また学校の授業であれば、先生の時間管理もあるので生徒が書く時間はほぼ統一されます。
手帳などへの書く時間が個人によって違うのがポイントの一つになりましたが、そこが授業ではあまり影響しないように思います。
現時点で言えることは、紙への手書きの優位性は「脳活動が高い」だけになってしまわないでしょうか?
「脳活動」を考慮するのであれば、教科書はデジタルにしてノートは紙で良いと思います。
スマホより紙の方が「覚えやすい」のは本当か? まとめ
さて、ここまで踏まえて冒頭の酒井教授のコメントを見てみましょう。
チームの酒井邦嘉・東大教授(言語脳科学)は「教育現場で電子機器が多用されているが、紙媒体による学習の方が、記憶がより定着しやすいことが示された。脳で扱える情報が多くなることで、豊かな創造性にもつながるはずだ」と話す。
(引用)スマホより紙の方が「覚えやすい」…脳の記憶領域、血流が活発に(読売新聞オンライン) - Yahoo!ニュース
このコメントってちょっと違和感がありますよね。
「紙媒体による学習の方が、記憶がより定着しやすいことが示された」とコメントにありますが実際の研究内容はというと見てもらったように
- 成績が良かったのは簡単な問題だけ。
- 全問の平均点はほぼ同じ。
どうしてこんな違いがでるのか?
酒井教授のポジショントークかもしれませんし、新聞社が勝手にコメントを歪曲した可能性があります。
わたしは見出しのオカシさも考慮すると後者だと思っています。
あなたはどう考えましたか?
それでは、また。