りょうさかさんと

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【書評】「遅いインターネット」を読んでオンラインサロンの将来について考えた


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どうも、りょうさかさんです。

「遅いインターネット」(宇野常寛)をようやく読了しました。

久しぶりに「読書」でしか体験できない思考体験をしました。

宇野常寛さんについて

著者の宇野常寛さんは、批評誌『PLANETS』編集長をされている評論家です。

わたしが著者の宇野常寛さんのことを明確に意識したのは、NHK「100分de石ノ森章太郎」に出演されていた時のことです。

番組内で宇野さんが具体的になんと言っていたかは、さすがに忘れてしまったけれど「この人、すげえな」という感想を持ったことを覚えています。

しかも、その後、ツィッター上でねつ造からの誹謗中傷という展開。

今回改めてその時の騒動についてツィッターを見直すと宇野さんのこんなツイート(2018年9月9日)を見付けました。

今回取り上げる「遅いインターネット」の初版は、2020年2月20日。

約1年半以上前から構想があったことが窺えます。

そして、本格始動した「遅いインターネット」はこちら⇒

slowinternet.jp

「遅いインターネット」とは

さて、そんな本書「遅いインターネット」は、「自己」と「インターネット」についての距離感について書かれた本です。

そして、本書で語られる「遅いインターネット」とは、「インターネットのタイムラインなどに脊髄反射的に反応(リアクション)するのではなく、じっくり思考して書こう」という提案です。

これについて軽々に賛否を論じることは、それこそ本書の否定する「早いインターネット」になってしまいます。 

著者もこれを気にしており、本書内では早々に「遅いインターネット」という言葉が出てくるものの、構成としては読みながら読者に思考を促す構成になっています。

ですから、本書「遅いインターネット」は、本を読んですぐに何か気付いたり、わかった気分になりたい時に読む本ではありません。

むしろ思考の伴走者として、考えながら読み、読み終わってから考え、また読みながら考える書籍だと言えるでしょう。

実際、わたしも「遅いインターネット」を読んでいるといつの間にか不思議と色々な考えが頭の中に泡のように広がるという体験をしました。

他方、作家の高橋源一郎さんが何かの本で「読んでいると本の内容から離れて自分の思考が拡散するのが本当の意味で良い本だ」という趣旨の言葉を書かれていた記憶があります。

興味のある方は、ぜひゆっくり考える時間をとって読んでみてくださいね。 

「モノからコトへ」とは

さて本書は、映像史、インターネット史を基に人が「日常の物語」「非日常の物語」「自分の物語」「他人の物語」をどのように価値づけていくのかを軸に議論が展開されます。

例えば、映画は「非日常の物語×他人の物語」に位置付けられます。

テレビは「日常の物語×他人の物語」。

一方、ライブに参加することは「非日常の物語×自分の物語」です。

またインスタで自撮りをアップすることは「日常の物語×自分の物語」と言えるでしょう。

この「日常×自分」の象限から「政治参加」を考えれないかというのが本書の構想の軸になっています。

さて、この「日常・非日常」「自分・他人」という文脈を考えると「オンラインサロンに参加することの価値が増し、反面、ブランド品に身を包むことの価値が下がっているか」がよく理解できるようになりました。

いわゆる「モノからコトへ」の文脈です。

それまでは「日常の自分」を彩るためには「ブランド品」で身を包むという手段が用いられていました。

しかし、SNSの誕生によって「日常の自分」を彩る「体験」に価値を見出し、それをSNSにアップするということに価値が出てきました。

わたしは、この変化を「消費者の多様化」という理解をしていました。

しかし、本書を読んで「モノからコトへ」は「消費者の多様化」という言葉では表現しきれないものだとよくわかりました。

わたしたちは、身近な装置(この場合はテレビ・SNS)に左右されながら何に価値を置くのか変遷しているということです。

「コトからナニカ」へ

次に考えたことは「コト」に感じていた価値観も変遷すると考えました。

例えば、「コトへ」の代表的な例である「オンラインサロン」を基に考えてみたいと思います。

オンラインサロンの特徴は「お金を支払って貴重な経験ができる」のが大きな特徴でした。

しかし、人気のあるサロンほど規模が大きくなっています。

千人、万人という大規模なサロンはほぼファンクラブ化していると言えます。

ファンクラブ化してしまうことは、「コト」ではなくサロンを「モノ」として消費することと変わりません。

ファンクラブ化してしまうことの弊害は2つの側面から考えられます。

大ざっぱに言えば、参加者側にとっては「コトを体験できなくなる」ことですし、運営側にとっては「別の似た誰かが始めればそちらへ移ってしまう」ということです。

また運営側の視点に立てば、ファンクラブ的な参加者たちの満足度も考えていかないといけません。

例えば、オンラインサロン内での活動を通して「民間資格」のようなものを参加者に与えたり、茶道や華道のようなイメージでサロン流派の「認可状」を出して「のれん分け」「フランチャイズ化」していくことだって考えられます。

このように、もしかすると「コトから全く違うナニカ」に移行するかもしれないと感じています。

そして、おそらくその時にわたしたちが感じるのは、「モノからコトへ」に足早く移った人に感じたのと同じ違和感です。

その時に「遅いインターネット」という言葉を思い出しませんか?

脊髄反射的な思考ではなく、じっと物事を見つめて思考する。

一度、仮の答えを出したとしても、改めて思考して違うと思えば考えを改める。

わたしはそうありたいと思います。

「遅いインターネット」を読み終えて

最後に正直に書きますが、わたしは本書「遅いインターネット」の内容を50%も理解できたという自信はありません。

本書は随所にわかりやすい工夫をされていますが、それでも胸を張って理解したとは言えません。

それでも本書を読んだ時に考えたことを自分なりにまとめておきたいと思って筆を取りました。

読書って楽しいね。

それでは、また。