RYOSAKASANTO

教育業界にいる陵坂さんが教育・子育て・DWEなどについて書くブログ

誕生日を祝う理由


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どうも陵坂です。年の瀬ですね。首都高もいつも以上に渋滞していることが多いです。事故や違反もいつも以上に気を付けたいものです。

誕生日を迎えました

さて、私事ですが先日誕生日を迎えました。もうついに○○歳です、と感慨にふけることもなかったのですが自分の中で少し変化を感じました。

それは朝起きて妻が開口一番に「○○歳だね」と話しかけてくれた時のことです。

「えっ!?」とリアクションしちゃったんですよね。

当然それを聞いた妻のリアクションも「えっ!?」というもの。

お互い「こいつ、 何言ってるんだ?」という状態。

私が自分の誕生日をすっかり忘れていたんです。

もう私の中では既に妻の言った○○歳になった気だったんですよね。

「ごめん、自分の誕生日忘れたよ」と言うと妻は爆笑していました。

どうして誕生日を忘れたのかな、と考えた時に自分自身で思い当たったことはそれよりも興味のあるもの、夢中になっているもの、考えたいことがいっぱいあるからという仮説です。

家族と一緒に大事な時間を過ごしたいし、ブログやツイッターで考えや知ってることは少しでも発信したいし、それとは関係なく調べたいこと、行ってみたいこと、読んでみたい本や漫画、見たい映画やアニメも山ほどあります。したいことだらけで、24時間じゃ人生足りないと最近常々思うんですよね。

また自分の年齢が1つ変わっただけで、RPGのレベルアップのような何かを期待できるような年齢でもないというのもあるのかもしれません。一方で、単純に記憶力の問題と言う可能性を捨てきることも出来ません。。。

誕生日は特別だ。誕生日を迎えられるということは無事1年を過ごせたということで、どう考えても日付が1日変わるだけの元旦よりもめでたいことだ。みたいなことを村上龍さんがエッセイで書いていて「本当にそうだなあ」と思った記憶があります。

思い返せば、この無事1年過ごせたという感覚は阪神淡路大震災の時から芽生えた感覚でした。関西出身の私にとっては阪神淡路大震災の揺れや地鳴りは今でも頭の中ですぐに思い出すことができます。東日本大震災の時は仕事で関東にはいませんでしたが、どれほどのことかはまさに肌で理解できますし、あの津波の映像は衝撃的だった。きっと東日本にお住まいの方も同じなのではないでしょうか。 

改めて「無事1年過ごせた」という感覚を大事にして「生きたい」と思います。

今度、こういう話を子どもにしてみよう。