りょうさかさんと

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小学英語教科化から考える「英語が話せない理由」と「文科省の狙い」


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2020年から小学校3年生から英語の授業が始まります。従来の5年生から始まっていたことを比べると2年早く始まることになりますね。

「英語に親しむ活動を小3から、正式教科小5から 新指導要領案 」日経新聞2017/2/1

指導要領ではまだ先ですが、前倒しして良いことになっていて、学校現場の先生方は非常にまじめで熱心なので実は、ほとんどの学校が2017年から前倒しで始めています。

特区の地区(東京都港区など)や熱心な地区ではもっと以前から小学校1年生からの授業を始めていますよね。

何も小学校3年からしないでも、と思う人、そもそも小学校の時のような日本語も未完成の状態で勉強しなくても、と思う人もいると思います。

そのご指摘は一旦ここではおいて、なぜ小3から外国語活動(英語活動)が始まるのか私の考えを書いていきたいと思います。 

結論から書くと「文部科学省の壮大な逆襲劇の一歩」だと言うことです。では、それをこれから語りつつ、今後どうなるのか予想してみましょう。

今とこれからの小学校英語教育の目標

まず、現行の指導要領がどうなっているのかというと。

第1 目標

外国語を通じて,言語や文化について体験的に理解を深め,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら,コミュニケーション能力の素地を養う

(注・太字処理は引用者)

(引用)第4章 外国語活動:文部科学省

「慣れること」「話したいなあと思うこと」が目標なのであって、「英語がペラペラ喋ることができる」ようにすることが目標ではありませんでした。

ちなみにこれは小5・6年生の目標です。そして、これが新しい新指導要領では小3~6年に範囲が広がることで以下のように変化します。

第1 目標

外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ,外国語による聞くこと,読むこと,話すこと,書くことの言語活動を通して,コミュニケーションを図る基礎となる資質・能力を次のとおり育成することを目指す。

(注・太字処理は引用者)

(引用)学習指導要領等:文部科学省

目標が、素地を養うことから、能力の育成に変化しています。その「能力」が何を指すのかというと……

(1) 外国語の音声や文字,語彙,表現,文構造,言語の働きなどについて,日本語と外国語との違いに気付き,これらの知識を理解するとともに,読むこと,書くことに慣れ親しみ,聞くこと,読むこと,話すこと,書くことによる実際のコミュニケーションにおいて活用できる基礎的な技能を身に付けるようにする。

(2) コミュニケーションを行う目的や場面,状況などに応じて,身近で簡単な事柄について,聞いたり話したりするとともに,音声で十分に慣れ親しんだ外国語の語彙や基本的な表現を推測しながら読んだり,語順を意識しながら書いたりして,自分の考えや気持ちなどを伝え合うことができる基礎的な力を養う。

(3) 外国語の背景にある文化に対する理解を深め,他者に配慮しながら,主体的に外国語を用いてコミュニケーションを図ろうとする態度を養う。(注・太字処理は引用者)

「基礎的な技能」・「聞いたり話したり」できる能力を育成することが目標なんですね。ちなみに少し探すと教科調査官の直山木綿子先生の解説が載っていました。

【ポイント7】 中学卒業時に、英語で会話ができるようになることがゴール

(引用)「2020年に小学3年生から英語が必修化! 気になる親世代のギモンに専門家が答えます」

「えっ?まじ?」って思われる方もいるかもしれません。もちろん中学卒業時に中学生なりの英語で良いということなんですが…それでも会話できることが目標なので必然的に小学校の目標も高くなりますよね。

ただ当然、今現在だって大学生になっても分数の計算ができない学生がいるのと同様に全員の児童が話せるかどうかはお子さん自身と先生の力量によるでしょう。

地域によってバラつきが出そうですし、どんな学校にもどんな子どもにも得手不得手はあるわけで、出来る子どもとそうでない子どもの差は開きそうですよね。このあたりについては後段で触れたいと思います

そもそもどうして英語が話せないの?

目標が高くなったことはご理解いただけたと思います。そもそもどうして目標を高くすることになったのか。

今、学校教育の英語の授業で話せるようになった大人ってどれだけの人数がいるのでしょうか。あまりいないんじゃないでしょうか? 偉そうに解説しているそういう私も話せません。カッコ悪いね。

それはさておき、どうして学校教育の英語では話すことが出来ないのか諸説あります。

私が個人的に有力だと感じるのは「時間」「量」が足りない説です。

「時間」とはそのまま授業時数のことですね

「時間」が足りない

まず中学校の英語について見てみましょう。

現行の学習指導要領では各学年140単位と定められているので、140×3=420単位時間です。1単位時間は50分ですので、350時間ですね。

次に高校の英語についてはどの程度の時間なんでしょうか。

高校では単位の指定はあるものの各学校のカリキュラムによって違うので進学校の標準的な単位数を想定します。学校独自の増単(位)や受験対策・補講を加味しません

(参考)高等学校の各学科に共通する教科・科目等及び標準単位数

コミュニケーション英語Ⅰ、3単位。コミュニケーション英語Ⅱ、Ⅲは4単位。英語表現Ⅰ、2単位。英語表現Ⅱ、4単位。

高校三年間で履修するのは概ねこのあたりでしょう。(コミュニケーション英語基礎、オーラルは、進学校では履修しないケースが多いので省きます)

これを1単位あたり35時間の授業を設定されているので計算すると595単位時間。同様に50分授業として約496時間

つまり、中学校・高校の6年間合計して、845時間。これが多いのか少ないのか。

一般的に英語の習得に3000時間は必要だと言われています。

しかし、残念ながら日本人を元にしたエビデンスは検索しても出てきません。

その為、同様の論文や記事でもアメリカ国務省のエリートが他国語を学ぶのにどれだけ時間がかかったのかを逆用して、日本人が英語を学ぶのにも同様にかかるだろうと推測するケースが多いように感じます。(わかりやすくまとまっているので興味のある方はどうぞ)

(参考)英語の習得に必要な学習時間|ETNのアプローチ|English Tutors Network - ビジネスパーソンの英語コミュニケーションのために

英語を話す人が日本語を学ぶことと、日本語を話す人が英語を学ぶことが同様か厳密にはわかりませんが、言語的距離を考えると参考にして良いのかもしれません。

3000時間に対して、学校の授業では845時間。

自学自習の時間を倍の1690時間と想定しても到達しない。これがまず一つの要因だという説です。 

「文章量」が足りない

「量」とは文章量・語彙量のことをここでは意味します。

「文章量」について高校1年生向けの教科書の中で特に進学校で多く採用されている三省堂のクラウンシリーズ(コミュニケーション英語・H30年度版)を見てみましょう。

公式ウェブサイトの教科書紹介の「内容解説資料」という資料を読んでいくと各レッスンの文字数が掲載されています。電卓で合計すると以下のようになります。

クラウンⅠ(コミュニケーションⅠ・三省堂H30年度版) 約12,000文字。

クラウンⅡ(コミュニケーションⅡ・三省堂H30年度版) 約14,000文字。

クラウンⅢ(コミュニケーションⅢ・三省堂H30年度版) 約18,000文字。

もちろん1レッスン当たりの文章量はどんどん長くなっていきます。

中学校の教科書では文字数が掲載されていなかったので高校1年生より少し少ない各学年8000文字と仮定しましょう。(中1:6000、中2:8000、中3:10000 と想定)

24,000×3+クラウンⅠ・Ⅱ・Ⅲ=68,000文字となります。 

ちなみに芥川賞作家を輩出する文学界(文芸春秋)の新人賞の募集規定が、400字詰原稿用紙で70枚以上150枚以下とあるので最長で60,000字になります。ほとんど同じ量です。少し教科書の方が多いかなという状況。

想像してみてください。海外の友人が

「日本語を話せるようになる為に綿矢りさの「インストール」を6年間かけて読んでいるんだゼ」と言っているところを。

無理だって! もっとテキスト以外にもっと読んでみたらってきっと薦めるでしょ。

それと同じことをしているんですね。

「時間」の時と同様に受験勉強、自学自習もあるので実際はもっともっと読んでいるはず。でも、教科書の総文字数の同じくらい読んでいるとしても「インストール」と又吉の「火花」の2冊で日本語は話すことができるかと言われると厳しいと思います。

これが「量」少ない説の一つなんです。

「語彙量」が足りない

次は語彙量について見ていきましょう。英語の習得には会話・文法と同様に語彙数も重要になります。

必要な語彙数についても日常会話を目指すのか、英字新聞を読めれば良いのか、それよりも高みを目指すのかでレベルが異なります。

英検は、2級で5000語、準一級で7500~8000語、1級で10000~15000語 と言われています。

学校教育での語彙量はというと……

高等学校学習指導要領解説外国語編英語編 平成21年12月 文部科学省

⑤ 指導する語数を充実し,例えば,「コミュニケーション英語Ⅰ」,「コミュニケーション英語Ⅱ」及び「コミュニケーション英語Ⅲ」をすべて履修した場合,高等学校で1,800語,中高で3,000語を指導すること 

ということから3000語となっています。この3000語に派生語などがあるため実際にはもう少し多いでしょうが、これだけ見ても語彙量が足りないこともわかると思います。 

まとめ:「時間」「量」が学校の教育だけでは足りなさすぎる(仮説)

文科省の狙い

さて「時間」「量」が足りないという仮説をご紹介しました。

「時間」に関しては新聞などで報じられているように3・4年で始まることで手当てをすることになります。

20年度からの新指導要領では、英語に親しむための「外国語活動」の開始を現行の小5から小3に早め、年間35コマをあてる。また、小5と小6は教科書を使う正式な教科の「外国語科」となり、授業時間は現行の35コマから70コマに倍増させる

(引用)「小学校の英語、18年度から時間増 3・4年生は前倒し」朝日新聞デジタル2017年5月27日

年間35コマというのは、週1回です。35コマ×45分なので約26時間。3・4年生合計52時間。5・6年生合計は70×45分×2年=104時間。小学校合計で156時間。

つまり、それまで小学校5・6年合計で52時間だったのが3倍(純増時間は104時間)になるということ。元々の時間数が少ないとはいえ、小学生という発達段階を考慮すれば十分な時間増といえるでしょう。

またそれまで小中高の合計英語授業時間が897時間だったことを考えると、それが高校の時間増を加味する前の段階で1001時間となり、1000時間を越えます。純増時間104時間は全体の10%を超える増加量ということになります。 

「量」に関して文章量については現段階では触れられていないのでわかりませんが、ここは文章量とも関連する「語彙量」に着目しましょう。 冒頭に紹介した日経新聞から引用してみましょう。

 5、6年の新教科「英語」では「読む」「書く」を加え、教科書を使い成績もつける。授業は現在の週1コマから2コマに増やし、4年間で600~700語程度の単語を指導する。

 中学校の英語は授業を英語で行うことを基本とし、取り扱う単語を現行の1200程度から1600~1800程度に増やす。 

さらっと単語が増えると書いてあります。何語増えるのかというと……

各学年における基本的語彙数は、第3学年で80~120単語、第4学年で80~120単語、第5学年で90~130単語、第6学年で90~130単語であり第3~6学年で450語以内の履修を奨励している。

(引用)中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 外国語専門部会(第9回)議事録・配付資料 [参考資料4-1] 2.教育目標・内容と指導方法−文部科学省

450語⇒600~700語

最大1.5倍! 小学校で約150~250語増える計算になります。

当然、学ぶべき単語は発達度合・単語の難易度によって線引きされています。つまり小学校で学ぶ単語の数が増えるということは、中学校で学ぶはずだった単語が小学校に降りてくるということです。 

中学校の現行1200単語のうち、200語を小学校で前倒し学習しているということは、中学校で1800語学ぶ為には、高校から600語前倒しで学ぶ必要があることになります。

しかも、今まで3年間で1200語だったので、1年間平均400語だったのが、1年で600語学ぶ必要があります。難しくなって、こちらも倍率ドン1.5倍!!!

しかも、この流れなら高校の単語も更に増えるんじゃね? と推測できるわけです。今まで文部科学省は「中高6年勉強しても英語話せるようにならねーし」と批判され続けてきたわけです。 

そこで、最終到達地点(話せるように)を上げるために、それまでの階段の段一つずつも少しずつ上げてやったぜ、という施策なんですね。 

まとめ

・「時間」は小学校で従来の3倍。小中高で10%増。

・「語彙量」は小中学校で1.5倍。

高校の指導要領についてはまだ出ていませんが、おそらく英語に関してはさらなる飛躍が待っているはずです。

但し、少し心配なのはこれって余程うまくやらないと中学生時点で英語を大嫌いになって、高校でついていけなくなって大学入試で涙するパターンじゃないか、ということ。

文部科学省側の考えとしては、その為の小学校3・4年生での「慣れ親しむ」活動で、嫌いにさせないのが狙いなんですが、失敗すれば小学校3年生で英語嫌いなってしまうという最悪の結果に。どちらに転ぶかどうか。

中学・高校受験はどう変わるのか

さて、親御さんが気になるのはお受験のお話。ここからは予想というよりも未確定部分が多すぎ推測過多になるのでご容赦を。 

まず大学入試改革で話題になっているのが4技能(読む・書く・聞く・話す)。外部検定(英検、TOEIC、TEAP、GTEC等)の利用も話題になっています。

実際、一部の私立大学では既に入試に取り入れているので現役の高校生はだいぶ意識しているはず。

・記述式の導入など多様な解答方式を採用。英語は4技能の測定を前提に検討。

(引用)「高大接続改革の実施方針等の策定について」文部科学省(平成29年7月13日)

大学入試の英語についてはこちらをご参考ください

www.ryosaka.com

従来の受験は「読む」「書く」「聞く」が中心でした。今後、小学校卒業時の目標が英語で会話を出来ることになります。大学入試ではより4技能が求められる傾向です。

つまり「話す」ことのウェイトが高くなるのではないでしょうか。

特に私立の中学・高校受験は「話す」が重要になると予想します。いかがでしょうか。

*書いてから調べたら同様のお考えが既にありました。ご参考にどうぞ。

gendai.ismedia.jp

<追記>ささやかですが予想が当たりましたよ。そちらについてはこちらをどうぞ。 

www.ryosaka.com