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教育関係会社員が教育を中心に考えたこと、思ったことを書きます。

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【書評】「残酷すぎる成功法則」から考える学校的能力

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どうも陵坂です。今回は書評系記事です。最近は仕事も忙しくてなかなか本を読む時間が作れていません。積読が溜まる一方です。今回書くのは「残酷すぎる成功法則  9割まちがえる「その常識」を科学する」(エリック・バーカー著、橘玲・監訳)という刺激的な書籍についてです。 

残酷すぎる成功法則  9割まちがえる「その常識」を科学する

残酷すぎる成功法則 9割まちがえる「その常識」を科学する

  • 作者: エリック・バーカー,橘玲,竹中てる実
  • 出版社/メーカー: 飛鳥新社
  • 発売日: 2017/10/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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どんな内容なのか

書籍の内容は本書冒頭の監訳者・橘玲さんのお言葉を借りると「エビデンスベースの成功法則」です。科学的根拠を必ず紐づけていくので「確実に成功するとは言えないが成功率は高い方法ですよ」というのを示していくスタイルを取っています。

科学的に引き寄せの法則が正しいのか、嘘つきと正直もののどちらが得をするのか、仕事とプライベートのバランスについてなど気になる項目をエビデンスに基づいて紹介しています。(Kindleで読んだ為、引用ページはNo表記で行います) 

高校のトップが億万長者になれない

このブログは「教育」関係が中心なので「成功法則」という一見、自己啓発本的な要素とはかけ離れていると思う方もいるかもしれません。しかし、公教育は「社会に役立つ人材」を生み出すことを目的としているわけですから「成功」と大きく離れるものではありません。

そういう前置きを踏まえて陵坂が気になった本書の項目の1つが「なぜ高校の首席は億万長者になれないのか」(No.269)というもの。

確かに身の回りを思い返してもあまり思いつきません。そして、それが本書では「学校で優秀な成績をおさめる資質そのものが、一般社会でホームランヒッターになる資質と相反するのだという。」(No.280-281)とし、その根拠を2つ示しています。

1つ目は「学校での成績は、むしろ自己規律、真面目さ、従順さを示すのに最適な指標」(No.281)というもの。エビデンスは海外のものですが、日本にもキッチリ当てはまるのに驚きました。

2つ目は「学校のカリキュラムはすべての科目で良い点を取ることを良しとする。しかし、実社会では特定分野でのスキルが高く評価され、ほかの分野での能力はあまり問われない仕事に就く(引用者による要約)」(No.288-295)というものでした。

学校のカリキュラムの目的は、まさに「優秀な従業員」を作るものなのでそのベースに沿った教育は優秀な人材は経営者や変革者になるのではなく、そりゃ「優秀な従業員」になるよね、というお話しなんですがかなり考えさせられます。 

優秀な方が言う学校不要論

よく経営者、フリーランスで活躍されている方がブログ、ツイッターで学校教育に対して否定的な考えを表明されることがあります。その根源的な理由はその方々によって違うでしょう。本書を読んで陵坂が感じたことは「学校教育で優秀な人材が、歯車止まりって勿体ない」ということ。一方で「凡人である我々にとっては学校教育って社会のセーフティーネット」という要素がしっかり機能しているんだとも感じました。

人々が皆、経営者やフリーランスに向いているわけではありませんし、それを望んでいるとも限りません。そう考えた時に学校教育は「優秀な人」にとっても、「学校教育では測れない人」にとっても窮屈な場所だとも言えます。(ここでは学校教育で測れない人というのは、特定の教科だけが得意な人や勉強以外の分野に価値を生み出すことの出来る人のことを指します。)

優秀な人にとっては、横並びの授業は無駄だと思える時間が多く感じられるでしょう。もうわかっているのに、もっと前に進みたいのに足踏みをさせられている。もしかするとそういう人は小学校6年間で学ぶことを5年や4年で終える力を持っているかもしれせん。

学校教育で測れない人にとっては、例えば好きな理科だけを勉強してたら良いのに先生から「国語や英語も頑張りましょう」と所見欄に書かれるのは足を引っ張られているように感じると思います。「君はもう他の勉強なんてしなくて良いから好きな理科を徹底的に磨いてください」って書いてくれる教師ってたぶんいないよね。

平均的な子どもにとっては良いと思われる学校の授業ですが、そもそも平均な子どもって存在するのかな。理論の中だけで実は子どもってこの両者のどっちかじゃないの?

じゃあ、セーフティーネットを選ぶのか、その子に会った道を選ぶべきなのかという話になると思います。 

それでも好きな分野を伸ばしてやりたい

勇ましい言葉で「好きな道を進めばいい」「好きなもの・得意な分野を伸ばせばいい」って書くのはとっても簡単。でも、それを自分が実行したり、子どもが相談してきた時にそう返事出来るかどうかって結構難しいのかなって思います。

特に今までの大人、特に老人の成功体験とはかけ離れますよね。いわゆる「良い大学に行って、誰もが知っている会社に勤めて、一社に人生を捧げる」みたいな。これと決別するのは勇気がいると思います。これだけライフスタイルが多様化しているのに「一軒家を建てて一人前」みたいな価値観を引きずっている人って私の周りの若い人にも多いです。(一軒家を建てることは否定してませんよ)

でも、これまでと大きな違いはAIに代表される技術の革新とそのスピードの違いです。

学校教育が保障してくれる「優秀さ」って一番AIで変わりが効く能力だと陵坂は考えています。従順で、真面目で、正確ってまさにAIの長所と同じですよね。その道を選ぶなら今後はずっとAIと勝負し続けないといけない。

陵坂としては自分の子どもにはそもそもAIと争わなくて良いフィールドで生きてもらいたいと考えています。 

別に学校教育が不要だとは言いませんし、高学歴が悪いとか言いたいわけでもありません。また国目線から考えた時には現時点では効率的だなって思います。でも、学校教育的価値観を当たり前のことって捉えて思考停止しちゃうのが危険だなって考えました。

と言っても義務教育、高等学校はほとんどの子どもが通うわけで、これからもそれら情報について紹介、解説、自分の考えを述べていきたいと思います。 

ほな、さいなら。

今読んでいる本はこちら 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

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