どうも教育関係会社員のりょうさかさんです。
さて、今回は「これからの子ども達に必要な力」について私見を述べたいと思います。
現時点ではこういう方向性の力を必要だと思っていますよ、というものでこれは時代の変化や私自身の考えの変化によって今後変わると思います。
ただ今の時点で一度整理しておくことは自分にとってはもちろん、読者の方にとっても参考にしていただけるのではないかと思いました。 (2022年1月更新)
考えの前提として
人口減少
まず今の日本が置かれている状況についてです。
「未来の年表」(河合雅司)を紹介して2040年問題などについて再三書いてきました。
2018年に1歳の子どもが大学を卒業する頃には、高齢者・労働力不足といった2040年問題に直面します。
人口推計は非常に正確です。
理由は簡単で今0歳の子どもが22年後にほとんど人数が減ることなく22歳になるからです。
少子化が進み、2021年の出生数は約80万5000人でした。
ちなみに2000年の出生数は約120万人。
1年間で生まれる子どもがこの20年で、39.5万人減。
この人数って、横須賀市の人口が全部消えていなくなるレベルなんですよね。
これによって今後何が起こるかというと「労働人口が足りなくなる」です。
移民などのウルトラCを使わない限り確定しちゃうんですよね。
さて、人口推計が正確なのは「高齢者問題」においても同様です。
今、50歳の人は22年後に少し減りますが当然72歳になります。
そうやって推測できる上に医療の進歩によって平均寿命が延びています。
年金受給者は4,000万人に達しました。
これは、日本の人口1.2億人の3割に及ぶ人数です。
このように高齢者の絶対数は増え、介護・医療の取り合いが起こるのではないかと考えられています。
家の価格とか下がるんじゃないかな
家の価格なども東京オリンピックを境に下がり続けると予測してする識者の方もいました。
住宅建築会社は会社を維持存続していくために売上目標がありますよね。
一方で、上記のように人口が減るわけで、供給過多が起きるのではないでしょうか。
つまり家が余るのではないか。
そうなると需要と供給の関係で価格は下がります。
なので新築の価格は下がり続けるという考え方です。
仮に移民を受けいれたとしても同様だと思います。
だって移民の方もなかなか家買えないでしょうし、ローンとか通るの? って感じですよね。
またこれだけ人口が減る国=市場規模の減った国にわざわざ移民が来てくれるかも怪しいです。
移民が来るのってこれから成長するところだよね。
日本の土地や家を買い漁ってくれるのは政治的な狙いで中国系、韓国系の企業や人だけになるような気がします。
技術の進歩
これについても何度か書きましたが10年前はスマホのような小型パソコンを肌身離さず持ち歩く生活なんて想像できなかったわけです。
過去30年とこれからの30年では技術の進歩のスピードは比べ物にならないほど速くなると考えています。
少なくともこのスピードが落ちると楽観的に想定するよりは良いよね。
英語力と異文化理解
日本がこの人口減少の中やっていくためには、国内であれば訪日外国人を増やす、いわゆるインバウンド戦略が重要になります。
大阪府の松井市長、吉村知事が成果を挙げていますが、ああいう取り組みが日本全体で絶対に必要。
(参考)
コロナ禍の時にインバウンドに頼りすぎ! という批判もあったようですが、上記の状況を踏まえてもらえば決してオカシイ戦略ではないことは理解できると思います。
また一方で極端なケースを考えた時に、国内の成長が望めないので海外で暮らす、海外を転々として暮らしいくような生活スタイルも想定できます。
どちらにせよ共通して必要なのは英語力です。
訪日外国人との対応にも海外で暮らすためにも異文化理解も不可欠です。
小学校での英語の導入に関して「早い、まず日本語!」という主張の方もいますが、こういった観点から私は文科省の施策には賛成しています。
もちろん今もスマホなどである程度カバーできますし、今後の技術の開発によってその質の向上があると思いますが言語についての価値は下がりにくいと思います。
思考力・問題を見つける力・問題解決力
さて、これだけネットが身近になると、ネットで調べればわかることを覚えるよりも調べてもわからないことを解く力の方が当然大事なわけです。
だから「答えのない問題を自分で見つけて、自分一人ないし他人と協力して共同で解決する力」が重要になります。
スマホなどの技術の進歩によって既に出された答えは容易に検索し、解決なり、類題の答えを見ることは出来ます。
これは入試のことを言っているのではなく、日常生活、社会に出てからも同様ですよね。
学校教育では、必ず先生が答えを持っていて、しかもそれが多くの場合たった一つの答えを求めるわけです。
それは学習の課程で必要なことなんですが自分の考えや意見を述べることができない弊害もあります。
一つの答えを探して、見つからないと答えない、自信がなくて答えない。
そういう人って児童生徒だけでなく大人も多いと思います。
間違っても良いし、正解なんてない場合もあれば逆に正解が無数にあるのが世の中じゃないですか。
意見を表明して賛成されたり批判されたり、他人に影響を与えたり与えられたりするのが人の世の営みなわけです。
そういった能力を「じゃあ、学校教育ならどこで伸ばすことが出来るの?」というのが自由研究、課題研究、論文だと思います。
特に中学・高校からは受験のゴールがある分、おろそかにしがち。中学校・高校でこれらの発表活動に熱心に取り組んでいるところを保護者の方は選ぶべきだと思いますよ。
特に高校の中でも超進学校は論文などの社会に出てからの能力を伸ばすことよりも合格実績の方を教員の方が重視する傾向にあります。
超進学校だからって良い高校ばっかりじゃないですよ。
もちろん超進学校でありながら課題研究などにも取り組ます時代に対応した高校もあります。
またトップ高がしないなら差別化にも使えるし生徒のためにもなるし「一石二鳥じゃ!」と二番手・三番手校が取り組んだりしているケースもあるのでぜひ確認してみてください。
実は文科省の考えと似ている
ここまで書いたことって実は文部科学省の提示した「学力の定義」とほとんど同じなんですよね。
それをわたしなりに具体的に落としただけ。
メタ認知、非認知能力、コンピテンシーとも通じる話ですよね。
理想というか方向性は同じだと思うんです。
具体的な話が違うだけ。
また現場の教員の方はそれぞれお立場があるし、学歴社会で生きてきた人たちにはあんまりピンとこない話だったりして、保護者の方は自分の両親から教育方針でとやかく言われたりすることもあるかもしれません。
そういう場合、「教育」のことは専門じゃなくても、「方向性」だけ決めるのって大事だと思います。
方向性も厳密じゃなくて良くて、この記事もなんかカッコつけて書いてますが「方向性として英語と思考力でしょ」というスタンスなだけです。
一先ず方向性だけしっかり持って、違うかなと思ったら修正したら良いと思うんです。
お子さんの年齢によってはその子自身の考えも出てくるでしょうし。
最後に
あまり意識していなかったのですが、これまで書いたことってこのブログでよく取り上げるテーマですよね。
これまで書いたことを一つ一つ紐解いて、今の教育に落とし込んでいくと「英語」「課題研究・論文」といった内容でしょ。
たぶんこれからも自分が大事だと思う教育の方向性を基にご紹介していこうと思うので今後もよろしくお願いしますね。
それでは、また。
過去記事も参考にどうぞ。