陵坂と考察と

教育関係会社員が教育を中心に考えたこと、思ったことを書きます。

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教育には「相関・因果関係」と「エビデンス」が欠けている

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「開いた口が塞がらない開いた口が塞がらない」[モデル:藤沢篤]のフリー写真素材を拡大

教育に関しては誰もが評論家。テレビでコメンテーター、芸能人が好き勝手言いますよね。的を射ていて納得するものもあれば、「あれ?」って言う内容の時もあったりなかったり。かくいう私も教育に関しては素人なのに教育業界に身を置いているというだけで自分の考えをこうやって書いています。

どうして話しやすいのか

バラしてしまえば「教育」は言いやすいジャンルなんです。

それは誰もが「する側」「受ける側」を経験し、現在進行形なので結果と因果関係がわかりづらいからです。

例えば保護者の方が、子どもの教育に良いと思ってしていることがその子が20歳になった時に悪影響が出るかもしれない。そんな可能性は当然あるけれど、今、真面目だから、非行に走っていないから大丈夫、そういう雰囲気で話すことが出来ます。

逆のパターンもあって団塊の世代の方から「高校生の時にビートルズを聞くと不良になると言われた」という話を聞いたことがあります。団塊の世代から、大量の不良が発生したかどうかは皆さんが知る通りです。

これが科学的な事象だったら、軽軽とは話せない。

因果関係のない主張

でもそういうフィールドの方達の中にすらこういう無茶苦茶なことを言う人もいる。少し前ですがこんな声明が出されました。

www.j-cast.com

内海医師は「因果関係は不明でも、ネガティブな結果をもたらす可能性があるのなら、そのリスクを提示し、注意して使うよう促すべきだと考え、このような表現にした」

はい、因果関係が不明と自分でもおっしゃっています。実際に読んでいただくとわかりますが、かなりきつい論理展開です。お医者さんだから世間レベルの学歴で言えば、上位にくる方が言うにしてはあまりに大雑把な印象を受けます。

学力下がる側の根拠は仙台市教育委員会と東北大学による「学習意欲の科学的研究に関するプロジェクト」だと思います。

「平日に30分未満しか勉強しない(◆の折れ線)」生徒の状況を見てください。通信アプリを使わない(スマホや携帯を持っていない)生徒の数学の平均点は約61点でした。しかし,3時間以上使う生徒の数学の平均点は50点以下に急激に低下しています。この群の生徒は,家庭ではほとんど勉強をしていません。つまり,通信アプリの使用時間が長くなるほど生徒たちの中から,学校で習得した学習内容が消えて無くなったことを意味していると考えられます。

なるほどってなりますか? これだけじゃわからないってのが正直な感想だと思うんですが。今や業務の連絡に通信アプリを使用する企業も多いと思いますが、こんなにインプット・アウトプットの質が下がっているのでしょうか。それとも中学生にだけ作用する何かがあるのでしょうか。しかも、その何かが解明されていない。

これをスマホだけの所為にして良いのかどうか。この研究だけではわからないというのがフェアな落としどころだと思います。保護者同士の会話で、親御さんに対して「勉強中はスマホを預かったら」程度のアドバイスは良いと思います。でも繰り返しになりますが、これを根拠に医師会が学校にポスターを貼るのは同一のことなんでしょうか。  

中室牧子さんは下記のようにご指摘していました。

www.recruit-ms.co.jp

相関関係があることは因果関係があることではない

シンプルなご指摘です。

相関関係があるが、因果関係がないとはどういうことか。

例えば…

1、暑い日にはアイスがよく売れる。

2、暑い日には熱中症になりやすい。

3、アイスが売れると熱中症になりやすい

1・2について相関関係はありますよね。グラフにすると両方とも気温が上がるほど右肩上がり。でも、3は全く関係ない。冬にだってアイス売れるし。

アイスを売ると熱中症になりやすくなるので、アイスの販売を禁止しましょう

この文章のアイススマホの使用に、熱中症学力が下がるに置き換えてください。そうするとおかしいことがわかりますよね。本当に大事なのはアイスの例であれば「暑い日」という部分。「暑い日」を置き換えるワードが何か分析して判明しなければスマホと学力との関係について相関関係以上のことがないことくらいすぐわかるはずです。 

医師会の方々だって自分のフィールドである医学や他の話題であればこんな理論展開はしなかったのではないかと思います。「教育」という分野だから間違ってしまったのではないかと推察します。 

日本の教育にはエビデンスが少なすぎる

 

こんな言説が出やすいのは相関関係と因果関係の理解・勉強が不十分なのに加えて、教育に関するエビデンスが日本では少なすぎるからです。 

先ほどお名前を出させて頂いた中室牧子さんの著書「学力の経済学」において「経済学者が示す「エビデンス」とは」という節があります。 

「学力」の経済学

「学力」の経済学

 

経済学者は「子どもの目がキラキラするようになった」とか「学校が活気にあふれている」などといった人によって見方が変わってしまう主観的な表現で「教育に効果があった」といったりしません。(中略)あくまで客観的な数字をもとに事実を示します。 

同書籍内の「なぜ日本で研究が進まないのか」という節では

文部科学省が3年に一度収集している「学校教員統計調査」という統計は、統計の対象となっている教員が、どの子どもを教えたかという情報と接続することができないので、学力調査のデータとリンクさせて、付加価値に変換することができません。(中略)このため、せっかく統計を取っているのに、教員の育成や人材配置にかんする研究や議論をすることができないのです。

実は私は先生方の授業の効果についてもエビデンスという観点が希薄だと思っています。学校に通うお子さんをお持ちの方はわかると思うんですが、学校では授業公開や研究授業が行われます。その授業参観は、保護者、地域、他校の教員、大学教授、教育関係者、企業などが可能です。保護者の方は授業後、先生の討議を見ないでお子さんと家に帰られると思うんですが、一度先生同士の討議を見ることをお勧めします。

授業の討議は大学の先生やその分野で著名な先生、著名な校長を講師に招いて、一般の教員も交えて今日の授業はどこが良かったのか、悪かったのか、改善点はあったのか話し合います。このシステム自体はとても良いことです。

まず公開授業をする為に教材研究をします。そこから授業案を考え、工夫・試行錯誤します。その授業を公開することで他教員と情報を共有することができます。討議では授業を批評されますし、授業を改善する意見を貰えます。授業者・見学した教員の両方にとってとても価値のあることです。

一方で、ではその工夫した授業がどう学力に結び付いたのか統計的な価値が見いだせないという欠点があります。その授業がその後どう学力に結び付いたのか。児童・生徒がどう変わったのか。その授業を受けていない生徒とどう差が生じたのかわからないことです。その工夫した授業と通常の授業の差が客観的にわからない。

授業の討議は、役者が舞台稽古を受けているのと同じです。

先生方の授業も舞台と同じように観客(児童・生徒)の反応は毎回違うでしょうし、基本的に同じ授業を同じ生徒にすることはないはずです。しかも、最近の授業は講義型から参加型に変わった為に、先生は全て知っているのに知らない振りをして生徒と一緒に考えるような授業構成になっています。その為、研究討議、批評、振り返りは個々の先生にとって価値があるのはわかります。

繰り返しになりますが、それだけ練った授業をして、その後識者、参加者から批評されても、結局、児童・生徒の学力にどう繋がったのか検証できていないんです。

どんなに優れた先生でも一人ではエビデンスを示すことは難しい。だから本当は国単位、地方自治体単位で取り組む必要がある。けれど、パイロット校として1校、2校取り組むだけ。

例えば東京都では…… 

「都立高校改革推進計画・新実施計画」の策定について

○ ICTパイロット校の指定【計画21ページ】

タブレットPCの特長を生かし、授業改善を図り、生徒の主体的で能動的な学習により学力向上を目指すモデル校として、光丘高校と三鷹中等教育学校をICTパイロット校に指定します。ICTパイロット校の効果を検証し、他の都立高校でのICTの活用について検討していきます。

タブレットの導入について、メリット・デメリットたった2校の検証で本気でわかると思いますか? この2校だけのデータ、事例で辞めたり、推進したり決めて良いのでしょうか。 

行政にエビデンスという視点が欠け続けている限り、教育については教員の真剣な意見も好き勝手憶測と体験談に終始する芸能人も、医師の意見も、一ブロガーの意見もほとんど横一線になるのではないでしょうか。早くエビデンスを重視するようになることを望みます。

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